管弦楽法は習わなかった上に詳しくないという有様でこのタイプの話題を書くことは気が引けるのですが、意識してみると面白い観点ではあると思うので書きたいと思います。
基音に対してその整数倍の周波数をもつ音のことを倍音と言います。その倍音の周波数が基音の周波数のn倍になる時、その倍音を第n倍音と呼びます。例えば基音をCとした時のn=1からの倍音列は以下のようになります。
別の音を基音とした際にも音程関係は同様になります。なお、図の第7倍音と第11倍音は近似値です。
基音に近い方にはドミソの長三和音の構成音が鳴っていることにご注目ください。
金管楽器は唇の操作と空気圧の変化によって倍音列上にある音を鳴らす構造をしています。現在のヴァルヴのある金管楽器は一台で様々な管長を切り替えられるので半音階も何でもござれでしょうが、昔の金管楽器で出せる音は自然倍音列を基礎としていたでしょう。
様々な管長の種類をもつナチュラル・トランペットは、それぞれの管長のもつ自然倍音列を鳴らすことができます。
楽器の構造上、基音は出ず、第3倍音~第12倍音が出るB管~Es管と、第2倍音~第10倍音が出るE管~Ges管、第2倍音~第9倍音が出るG管とAs管が用いられたようです。A管だけは性能が悪く、存在しなかったわけではないものの、用いられることはかなり少なかった(できるだけ避けられていた)ようですね。
いずれにせよ、それらが出せる音を下から鳴らした時には長三和音が形成される様子を聴くことになるでしょう。
さて、僕のあまり詳しくない楽器法の話は切り上げて、楽曲の観察をしましょう。
カリッシミのオラトリオ『イェフタ』においてイスラエル人とアンモン人の戦いが始まる場面の二重唱は、以下のようなメロディによります。
少なくとも歌として親切な、もしくは歌いやすいメロディではないと思います。3度音程ごとの跳躍はさておいても、これを譜例のような鋭い溌剌としたリズムで歌うともなると、ここだけでもソプラノはエネルギーを消費するはずです。まるで楽器で鳴らすかのようなメロディですね。
そう、ナチュラル・トランペットで考えればC管の第8, 10, 12倍音ではありませんか。戦いの始まりを勇壮に告げるラッパの咆哮が、歌のメロディによって表されると考えてよいのではないでしょうか。
カリッシミの『イェフタ』の編成には、ラッパのような金管楽器は含まれていません。声と通奏低音のみです。それでもイメージ上のラッパが聴こえてくるようなトリックをカリッシミはこの部分に仕組んでいるのです。
時代は下って、ヘンデルはというと。
ヘンデルの時代、つまりバロックも終わり頃ともなると、流石に楽器編成も充実した大規模なものが用いられるようになっています。実際にラッパを鳴らそうと思えば使い放題だったでしょう。「終末のラッパが鳴り響き~」なんて歌おうものなら、そこでラッパを鳴らさないという手はないわけです。
もちろんラッパは鳴っていますが、しかしそれだけで表現を満足するわけではありません。歌にもきちんとラッパを模してもらうことによって統一性も出るというもの。歌もきちんと長三和音を辿ります。
ヘンデルの2つのオラトリオから見てみましょう。『メサイア』ではバスが「ラッパが鳴り響き」と歌い、『サムソン』ではイスラエルの女(ソプラノ)が「高く掲げた天使のラッパを吹き鳴らせ」と歌います。
いずれのアリアでも結局実際にトランペットが出てくるので、歌がわざわざラッパのように歌わなくとも一目瞭然ではあるのですがね。
しかし、ヘンデルが実際のトランペットを鳴らすだけで満足せずに歌にもそれを反映させてくれたおかげで、非常に助かる場面があります。オーケストラのメンバーなんて気軽に企画して集められるようなものではありません。該当のアリアを歌いたいという時に、ピアノの伴奏で妥協してもらうこともあるでしょう。実際にトランペットを用意できないことはあるのです。
そのような場合でも、ヘンデルが歌のメロディにトランペットを象徴的に組み込んでくれたおかげで、たとえ歌とピアノだけという編成であっても堂々たるトランペットを感じることができるでしょう。
「古い音楽をやるんだから古楽器を揃えないと!」などという意見がオーセンティシティの旗印の下に叫ばれたりもしますが、見てくれを揃える前にも音楽について考えられることはあるかもしれませんね。
【演奏会宣伝】
以下のコンサートでは、この記事中で紹介したカリッシミ『イェフタ』全曲や、ヘンデル『メサイア』『サムソン』からのアリアなどを演奏します。実際にどんな音楽になるのか気になった方はぜひご来場ください。当ホームページCONTACTからも申し込めます。
KI企画 演奏会
『バロック=ドラマティック』
日時
2023年4月8日(土)
13:30開場 14:00開演
16:00頃終演予定
会場
パルテノン多摩 小ホール
多摩市落合2-35
多摩センター駅より徒歩5分
入場料
前売 3,500円
曲目
【カリッシミ(1605-1674)】
オラトリオ『イェフタ』全曲
【J.S.バッハ(1685-1750)】
教会カンタータ『心と口と行いと生活で』より
世俗カンタータ『お喋りは止めて、お静かに』より
【モンテヴェルディ(1567-1643)】
オペラ『ポッペーアの戴冠』より
【ラモー(1683-1764)】
オペラ=バレ『優雅なインドの国々』より
【ヘンデル(1685-1759)】
オラトリオ『メサイア』より
オラトリオ『サムソン』より
他、バロック音楽名曲撰集
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カリッシミ『イェフタ』解説記事
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