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執筆者の写真Satoshi Enomoto

【ソルフェージュ】階名唱を導入してみた

 大学時代に仲間と一緒に合唱団を立ち上げた話を以前書きました。2011年…それこそ3.11の翌月から企画を始めたので、設立9年目にもなります。


 そんな合唱団DIO ( https://choirdio.wixsite.com/choirdioofficial ) ですが、現在浮上している悩みが2つほど。


 まず一つ目に、団員のソルフェージュ能力にばらつきがあること。確かに殆どのメンバーは合唱部出身、あるいは吹奏楽経験者などもいますが、全員が全員そのような音楽経験者かと言えばそんなことはなく、また合唱経験のあるメンバーでも楽譜を自力で読んで音を取るということが難しい人もいます。

 そのため、月に3回ほどの練習日を設けている中で “音取り” に時間を割くことになっている状態です。しかもメンバーは学生1人を除いて社会人で忙しいですから毎回練習に出席できるわけでもなく、そもそも全員の足並みを揃えることが困難です。

 「それぞれ各自で譜読みをしてきて、練習日には合わせて歌うだけにできれば効率が上がるのになぁ」とは常々思っていましたが、そのためにはそれぞれ譜読みをしてこられるだけのソルフェージュ能力が各自に備わっていなければいけません。かといって、その詳しい勉強の時間を普段設けられるかというと、これもなかなか難しいのです。


 そして、二つ目の問題が予期せず浮上してしまいました。そう、新型コロナウィルスの影響による練習会場の閉鎖です。普段は藤沢市内、たまに大和市や横浜市の公共施設を使っていますが、これらがほぼ軒並み使えなくなってしまったのです。これでは、普段の練習すらままならないし、自力で譜読みができない人のために “音取り” をすることもできない。既に今月残っていた練習は全滅しました(まあ、5月末にあったはずの貴重な本番も吹き飛んだんですけどね)


 こうなっては、どうにか早急に各自のソルフェージュ能力を向上させて、譜読みをしておいてもらうしかない!

 というところで、先日唯一会場が利用できた練習日に、どこかでタイミングを見計らって導入しようとしていた階名唱を実行に移したのでした。


 


 階名とは、旋律を成す複数の音の距離(音程)に基づく相対関係にしたがって振られるシラブルです。つまり周波数で表されるような絶対的な音の高さに対応しているのではなく、単音が存在するだけでは階名は機能しません。一つしかない音はドでもレでもミでもなく、その一方でどんな高さの音も旋律型にしたがってドになり得ます。



 ミとファ、ティとドが半音、残りは全音という音程で並びます。同じシラブルはオクターヴ違いとなります。

 「ドレミファソラシド」ではないのかという疑問が出ると思います。ソとシの子音が同じ “s” であるわけですが、この重複を避けることができれば、子音を表記するだけで基本の階名を示すことができるので、そのために「シ」は「ティ」に変えられています。そういえば《サウンド・オブ・ミュージック》の『ドレミの歌』でも“(Ti) Tea, a drink with jam and bread” と歌いますね。しかもあれはハ長調ではなく変ロ長調なので本当に階名で歌っているわけです。


 並んだ階名の中の一つから出発して順番に歌い、同じ階名まで行くと、音階が出来上がります。このうち、ドから出発してドまで行くと長調の音階である「長音階」、ラから出発してラまで行くと短調の音階である「短音階」が導出されますが、決してその他の音から始める音階が無いというわけではありません。その場合でも様々な音階(旋法)が出てきます。



 ところで、ラから始まる音階は短音階といっても、普通に並べただけでは自然短音階と呼ばれ、ソとラの音程が全音離れているためにソが主音であるラに上行する力が弱く、主音に向かう導音としての働きが希薄なのです。

 そこでどうするかというと、ソを半音上げます(上方変位)。これが和声短音階と呼ばれ、スィは導音として機能します。



 すると今度はファとスィの音程が全音 + 半音となって大きく離れ、歌いづらくなってしまいます。

 その解決策として、さらにファを上方変位させ、フィとします。するとミ─フィ─スィそれぞれの音程が全音となり、旋律として歌いやすくなります。こうして旋律短音階が導き出されます。

 なお、旋律短音階は下行形の場合は変位した音が元に戻るとされています。というのも、ソはラに上行するためにスィになるのであり、下行形においてはソはラに向かう必要が無くなったので元に戻ったということなのです。



 この変位が行われた際の階名についても解説しておきましょう。

 上方変位が行われる(♯によって表される)時には、階名の母音を “ i ” に変えて読みます。これはミ→ファ、ティ→ドという音の繋がりの力を付与するものです。上方変位された音はさらに半音上行したいという力がはたらきます。



 下方変位が行われる(♭によって表される)時には、階名の母音を “ a ” に変えて読みます。これはファ→ミという音の繋がりの力を付与するものです。下方変位された音はさらに半音下行したいという力がはたらきます。

 ラ( la )は元々母音が “a” ですので「ロ “lo”」または「ア “a”」と変えます。個人的にはロの方を採用していますね、子音があった方がシラブルを変えやすそうですし。


 実は階名には表記揺れがありまして、下方変位の母音を “a” ではなく “e” で読むやり方もあります。これに関してはどちらが正しいかということはあまり問題ではなく、階名の感覚さえ機能しているのならどちらでも自分の読みやすい方で構わないのです。


 

 合唱に階名唱(階名で歌うこと)を導入する実用的効果はいくつか挙げられます。


 まず、耳コピ能力を要求する必要が無くなります。ピアノで弾いた音をなぞる音取りは、絶対音高の羅列を記憶する能力に頼るものです。音の種類が増えるほどに難易度が増してしまう他、慣れない調では音を当てられなくなるという不思議な現象が起きます。例えばピアノでは調が半音ずれると鍵盤の形状や手の都合に影響されて難易度がガラッと変わってしまうのですが、歌に関しては調が半音変わったところで音を取る難易度にそこまでの差は出ないはずなのです。

 階名で音を取っていく場合、必要となるのは全音と半音の関係で組み上がった音階の認識です。どんな音階に基づいて旋律が出来上がっているかさえ把握できてしまえば、すぐに旋律を歌えるようになります。

 この意味での “音感” は、絶対音感のように幼少時の訓練(絶対音感って言語野に叩き込むものらしいとは聞きましたが、実際のところどうなんですかね?)を要するものではなく、後からでも充分に身に付けることができます。「大人になってから合唱を始めてみたい、けれど音が取れるか心配」という声を解決できる手段だと言っていいでしょう。


 また、階名は音楽理論を学ぶ上での取っ掛かりになり得るものです。階名という旋律の捉え方自体が音階というシステムと不可分のものですし、音楽が “組織化された音同士の関連” であることを考えれば、その音同士の関連について理論立てて勉強する前段階として「歌うことによって音楽を捉える」という学習経験を階名唱はもたらします。音楽理論というものは音楽の後に存在するものですから、まずは音楽そのものを捉えることから始めねばならないのです。


 そして、一人ひとりのソルフェージュ能力の向上を期待することができます。合唱の音取りを音源やピアノに頼ると、どこまで行っても自身は「音についていく」ことしかできないのです(これは合唱に限らない話だとは思いますが)。耳コピは所詮コピーなのであります。自身で理解して音楽を表出する力 = ソルフェージュ能力の習得は、主体的に音楽を実現していく上で必要不可欠なものであり、その習得方法として原始的であるがゆえに基礎になり得る訓練が、階名で歌う=階名唱ということなのです。小学校低学年の学習指導要領に階名唱が含まれているのはそのような理由からです。


 

 ちょっと想像してほしいのですが、あなたは “ウグイスの鳴き声” をどのように記録しますか?

 まさか絶対音高で聴き取れるわけではありますまい。微妙すぎる微分音も出現するでしょうから五線譜では足りないでしょうし、そもそもウグイス全ての個体が同じ高さの声で鳴くわけがありません。

 それでも、人間はあまりにも原始的な方法でその声を捉えて表現し、記録することに成功したのです。


 そう、「ホーホケキョ」と。


 階名も考え方はそれと同じことです。

 既にある音楽をどのように “捉える” か、そして “自分のものにするか”。

 原始的ゆえに基礎的なところから、ソルフェージュを始めましょう。

 


 ついでに宣伝。

 ソルフェージュや音楽理論に関しての指導依頼も受け付けております。この記事を詳しく読むよりも、とりあえず実際にやり方を学んで実践してみるのが習得は早いかもしれません。特に和声学などの勉強は基本的に階名で考えるものですから、音楽を深く探求したい方を手助けできるものだと思っています。

 個人でも合唱団でも、お気軽にお問い合わせください。

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