演奏以外の他の仕事をしていたりすると、どうしても練習に充てられる時間は限られてくるものです。そして、いざ演奏や伴奏の仕事をいただくようになると、ただでさえ限られた時間で多くの曲を練習しなければならなくなります。
音楽をやっていくにあたって、迅速に譜読みし、弾けるようになれるということが武器になるのは、この事情が要因でしょう。それが早ければ、多くの曲をこなせるということに繋がるわけです。
しかし、それでも限界はあるでしょう。持っているラインナップを一度通して弾くだけでも数時間かかる場合さえあります。オペラや合唱の伴奏をしていると特にですが、オペラ1本や合唱曲集1冊を全部やっておいて、などということも珍しくはありません。
「数時間の練習をしていると言っても、1曲にかけられる時間は短い」という話をしている同業者は割と目にしますね。
この「1曲にかけられる時間が短い」ということは、結果的に "浅く多く" 音楽をやることに繋がる危険性も孕んでいるように感じます。「通します~できなかったところを確認して練習します~はい次の曲です~」では忙しないですし、本当にただの現状確認に終わる可能性もあります。それは単にルーティーンの動作をこなしているだけになりはしないか、と思うところです。
『1日休めば自分にわかる、2日休めば批評家にわかる、3日休めば聴衆にわかる』と最初に言い出したのが誰なのかを僕は知りません。ググってもパデレフスキだのコルトーだの、あるいはとあるバレリーナだのという説が色々出てきて、もはやどこぞから一人歩きしてきた言説ではないかと思います。
ただ、この言説が「毎日の練習」を強いる呪縛として機能していることは事実だと思います。毎日の限られた練習時間の中に弾くべき曲の全てを設定し、その結果として1曲に対する練習時間が短くなるという現象が起こると想像します。
全ての曲が1日1ミリでも前進していれば良い…という考えを否定するわけではありませんが、現実はそこまで都合の良いものではないと思います。1度通してちょっと直してハイおしまい!で新たなテクニックやアイデアが得られるとは考えにくいでしょう。どちらかと言えばじっくり取り組むことによって発見できるものの方が多いのではないでしょうか。
ここからは僕の意見、というかやり方です。参考になるかはわかりませんし、他人に合う保証もありません。ただ、このような考え方をするのもアリではないかということだけ知ってもらえればいいかなと思います。
まず、持っている曲を1日の練習時間で全てこなすことは諦めます。「毎日練習しないと…!」という発想にこだわる必要はあまりありません。ピアノ自体を弾いていないわけではありませんし、1日や2日同じ曲を練習しなかっただけで一気に衰えるなんてことは無いでしょう。音を鳴らす身体動作を体に叩き込むやり方をしていたらそうなる可能性もあるでしょうが。
僕の方針は、練習する曲目のセットを複数設定しておき、日替わりで取り組んでいくというものです。例えば、僕が昨年の12月にソロで弾いた時の練習曲目は2セットに分かれていました。
近代曲ばかりでしたので地域で分けただけなのですけれども、それぞれ合計で25分ほどになります。
これらは全部通すと50分かかりますし、一日の限られた時間で練習しようと思ったら非常に忙しないやり方になるでしょう。しかし、練習する曲目を減らせば物理的に時間が確保でき、丁寧に余裕をもって取り組むことができるのです。2時間で50分の曲目を練習するのと、2時間で25分の曲目を練習するのとでは、圧倒的に後者の方がじっくりと細かいところまで演奏を作ることができるでしょう。
今日【曲目A】を練習したとしたら、翌日には【曲目B】を練習します。余裕があるからと言って、本番直前を除いてはもう片方の曲目を練習しないようにするのがポイントだと思います。余裕があるならばその日の曲目を深めることに専念した方が良いでしょう。
"練習している曲目を一旦横に置いておく" ということは意外にも重要ではないかと感じています。良い意味で脇目を振るとでも言えるでしょうか。同じ曲を毎日毎日弾き続けていると、曲に接近しすぎてむしろ見落とすものが出てくるように思いますし、音楽の新鮮さが削がれてくるような気がします。「その日に練習すると決めた曲以外は練習しない」という方針は、練習を続けながらも音楽へのマンネリ化を防ぐ効果もあると考えています。
例に挙げたのはたった数曲ですが、実際にはもっと多くの曲を抱えることになるでしょう。【曲目】のセットを3種類くらいに振り分けて用意し、それを3日間1周期で回していくくらいの方法まではありだと思います。それ以上増やすと間隔が空きすぎるかもしれません。
人間の脳は睡眠時に記憶を整理する…みたいな話を聞いたことがありますが(詳しくは知らない)、音楽の場合も案外 "弾いていない時" に記憶が整理されていて、最初は読めるわけがないと思った楽譜が段々と読めて理解できるようになってくるのも同じような現象なのではないかと想像します。
また、その曲目の振り分けは各々の適性にも左右されると思います。僕の場合は時代の近い曲ごとに分けた方が、耳の切り替えが忙しくなくて良いですね。ハイドンとモーツァルトとベートーヴェンは同じ日に練習し、シェーンベルクとバルトークとヒンデミットは別の日に練習します。ただ、同じ日に別の時代のものを織り混ぜた方が楽しいという人はそちらの方が良いかもしれません。
少なくとも思うことは、焦って練習しようとすると大抵雑になるということです。練習すべき曲がたくさんあると、どうしてもその日のうちに全ての曲に触れておかないと不安になるということも理解できます。しかし、そうやって全ての曲に少しずつ気が散ってしまうよりは、特定のものに今日は集中して、明日は別のものに集中して順番に突き詰めていく…というやり方の方が結果的に近道かもしれませんよ。
人それぞれに向き不向きもありますし、あくまで僕に合いそうだと考え始めた方法ですので、いきなり盲信するのではなく「ちょっと支障の無い範囲で試してみようかな~」くらいに受け取っていただけたら幸いです。
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