個人的にビジネスの話には食指が動かないこともあって、言及することについてもあまり楽しくはないのですけれども。しかし、このような話を書いておくことが「無料で仕事を頼む / 頼まれる」ことを縛る役を果たしてくれると考えて、気が進まないなりに筆を執ってみます。
音楽は目に見えないものです。また、形もありません。音楽は発せられた直後から空間に消えて行きます。工業製品のようにずっと姿を保って日常生活のアシストをするものでもなければ、食品のように空腹を満たすものでもありません。
なにせ実体を持たないものですから、そこに「金を払えと言うのか!?」という発想が出てくること自体を不思議とは思っていません。その人にとっての価値がゼロであることは、その人が決めることでしょう。
実は案外身の周りには、実体はあっても手には入らず、しかしそれでもお金を払うものは少なくないでしょう。映画館で映画を観るとか、美術館で絵画や彫刻を観るということなどについても、お金を払って実体のあるものを入手しているわけではないことが分かると思います。これらについても価値を感じない人はいるものですが、そのような人は普通そもそも観に来ないでしょうし、価値を感じる実体にお金を払ってくれればいいだけです。
ここで「映画は俺の手元に残らない! 映画は無料で観られるようにすべきだ!」と宣う人が現れたとしたら、それは常軌を逸していると思う方が一般的ではないでしょうか。しかし、目に見える実体を持つものは、芸術的価値の前にも物品的価値が見えるものです。この点においてのみ音楽は不利だなぁと思ったりしますね。目に見えないものは価値を感じにくい。
音楽家は基本的に目に見えないものを商品として提供することになるわけです。もちろん演奏会の舞台や会場や奏者や演奏している姿は目に見えますが、メインたる音楽や演奏会という "場" は物品としては見えません。レッスンなどについても、あくまで体験や技術や知識という目に見えないものを提供していますし、創作についても納品するものは楽譜や音源(のデータ)という物品であり、音楽そのものはこれまた目に見えないのです。
それら目に見えないものに対して価値をを見出だす人がいてくれなければ、音楽家の事業は成り立たないと言えるかもしれません。翻って、それら目に見えないものに価値を見出ださせるようにしなければならないということが、職業音楽家の課題であり、葛藤の種でもあるでしょう。芸術をかなぐり捨てて値段に走ることもできるにはできますのでね…
頻繁に言われる話でもありますが、その音楽をできるようになるまでに膨大な時間とお金がかかっているわけです。無料レッスンやノーギャラは基本的にプラマイゼロではなくマイナスを意味するくらいの節さえありますので、ボランティアしろだの無料体験だけ受けたいだのSNSで全部教えろだのというのは自重していただけるとこちらも生きやすくなります。
ところで、商売方法として "無料商品" を提供するという方法自体は悪いことではないと思います。それは広報になるからです。演奏動画を無料公開することによって有料の演奏会に来てくれる人が現れるかもしれないし、体験レッスンや豆情報を提供することによってレッスンに来てくれる人が現れるかもしれない、ということを期待してのものです。
僕がこうしてブログ記事を更新しているのも、隙間時間にでも読んで音楽に興味を持ってくれたり演奏を聴きに来てくれたりしてもらえたらいいなぁ、くらいのものです。どうせ広告を打つならば、ただ単に情報を掲載してもらうよりは、自分の考えていることを発信しつつ演奏音源や動画や演奏スケジュールも載せた方が自分も楽しいかもしれないと思ってのこの形であります。普通に大変でしたが。
時に皆様は、スマホやPCでソーシャルゲームを嗜むことがありますでしょうか。基本は無料で遊べても、進めるのが面白かったり推しが尊かったりしてより深くやり込もうとするとアイテム課金が選択肢に入ってくるものです。
もちろんこちらが課金に値するものを持っておくことは前提としても、そこへの誘導方法は「無課金勢を課金勢に変える」という方が有効であるように感じます。音楽はアイテム課金とは事情が異なりますが、つまりは無料で見られるような演奏や発信を見て「もっと聴きたい」「もっと知りたい」を喚起することが、「もっと」を手に入れるための対価を払っていただけることに繋がるのではないかと思うのであります。
それで収益回収に繋がる見込みがあるからこそ、赤字前提で広告としての無償サービスを音楽家自ら提供しているのです。「無料でやってくれないんですか?」という要求は、「赤字回収できない広告は出してくれないんですか?」と求めるようなものです。それはこちらでバランスを考えて提供していることですので崩しに来ないでください、というのがだいたいの共通認識かと思います。
"無課金勢" 自体が否定されるべきというわけではありません。こちらが無料サービスのつもりで提供したものによって、彼らの疑問が偶然にも課金前に解決してしまうこともあるかもしれないのです。そのことによって信頼を獲得できるなら尚良いでしょう、こちらも得たものがあるわけですから。
結局のところ、「有償コンテンツを無償化しろ」という要求が事業を荒らす、ということが言えると思います。音楽家としても、お金を貰うからには身が引き締まるというものですし、クオリティを上げようと思ったら相応に労力と時間と経費がかかります。有償であることにも理由はあるわけです。
音楽家側からも、「ここまで無料! ここから有料!」という線引きを表明しておくことが予防策になると考えます。どうしても細かい価格までは設定できない場合もあるでしょうが、参考価格を載せておくだけでも「無料ではない」ことは分かってもらえる筈です。むしろ具体的な金額が分かった方が有償で仕事を頼みやすいという面もあるかもしれません。
定期的に問題提起していくこともさることながら、音楽家たちで協力して自衛していくことで変わっていくものもあると思います。
Comments