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執筆者の写真Satoshi Enomoto

【雑記】初学者になりすましてレッスンを受ける動画という不届きなエンタメ


 これまたYouTubeなどの動画文化全盛の現代だからこそ起こる事象(もしくは事件)ではあるのでしょう。タイトルのように、ピアノ奏者である仕掛人が初心者のふりをしてレッスンを受け、突然難曲を演奏して指導者を驚かせる…という演出の動画が、たまに忘れた頃に投稿されてきます。


 どうやら出演者が全員グルというヤラセのパターンもあるようですが、いずれにせよ部外者側から見ても、到底快いものではないわけであります。なにせこちらもレッスンを提供している身ではありますから、他人が提供したレッスンを目の前で踏み潰される様子を見せられて不快感を覚えないことはないわけです。白飯を地面にぶちまけて踏み潰すのと同じような光景です。


 この話題が周囲で再び上がったということは、やはりまたそれを投稿した不届きなピアノ弾きがいるということでしょう。そういえば何日か前にもそんな予感がする動画がおすすめに流れてきて脊髄反射でチャンネルをブロックしたような気がします。



 

 個々の指導者がどのようなレッスンをしているかは、情報交換会(なお、個人的にはたまに大学のピアノ演奏家コース同期でやっていたりする)でもしない限りはわからないのでそれとしつつも、デタラメなレッスンをしているなどということはそうそう無いでしょう。それぞれに指導者は研究を経てレッスンを提供しているわけです。


 そこに意欲もなく踏み込んで行って動画のネタとして消費するという発想の時点で、まず「音楽を指導する」ということをあまりにも軽んじていると思います。


 教材研究や指導法研究がレッスンの準備として存在することを当人は体験していないのでしょうか。自分が自分のやり方で演奏できるというだけでは指導者はろくに務まらない…というギャップにぶち当たって苦しむことが、指導者にとっての通過儀礼の一つであると思うのですが。


 そのような心無いドッキリを仕掛けるという時点で、ろくにレッスンをしたことが無いか、あるいは自身独自のやり方をレンジでチンして配るだけの怠惰なレッスンをしているかのどちらかでしょう。人格と芸術が必ずしも完全同一ではないにせよ、発想や思考回路や癖は芸に露呈しますよ。


 

 どうしてこうも炎上商法というものは忘れた頃に出てくるのでしょう。まあ「忘れた頃だから」という話なのでしょうが、それにしてもそのようなものがヒットしてしまうということ自体について、なかなかに暗澹たる思いになります。


 どうも炎上商法というものは、1割の人にさえヒットしてしまえば成功であるのだろうと考えられます。多くの人が不快感を覚えても、熱狂的にウケる人たちが反対側には存在するわけです。


 これもどうかと思うのですが、近年は「反対者が存在するということは独自性のある凄いことをやっている」という価値観が蔓延しているようです。確かに独自性のある新しい芸術が周囲の無理解に遭い、後の時代に評価されるようになるということは歴史上でもありました。しかしそれは「周囲の無理解に遭った」から凄いというわけではなく、理解されるのに時間がかかっただけにすぎないのです。これがどういうわけか「非難される=凄い」という図式になり、どういうわけかそこに賛同する一部の人間の結束をより強固にしてしまうのであります。


 此度の火種となったであろう動画を非難するピアノ指導者、アマチュアのピアノ学習者は多いと思います。一方で、動画を高評価する熱狂的な信者はより応援を強めるでしょう。そのような結果を期待する場合に、炎上商法は効果的にはたらいてしまうのであります。


 

 音楽家のインフルエンサー化路線が始まって久しいでしょう。最近話題のカルト宗教とまではいかずとも、心情的にはそのようなコミュニティを形成する音楽家が増えつつあるようにも感じます。「コイツスゲー」という心を持たせてフォロワーを増やす所業が行われるわけですが、音楽家当人が「オレスゲー」をやることによってフォロワーも盛り上がるわけです。「コイツスゲーと思うオレスゲー」をフォロワーも享受してしまうわけですね。


 話題の「初学者のふりをしてレッスンを受け、突然凄い演奏をすることによって指導者をアッと驚かせるオレスゲー動画」というのも、上述のようなコミュニティが形成されてしまっているところから出てくるものではないかと考えています。まあ、自身がスゲーと思ってフォローしているヒーローが、なにやら育ちが良さげでクソ真面目そうな「ピアノの先生」をギャフンと言わせにいくという光景は、フォロワーにとっては痛快なエンターテインメントであるということでしょう。


 他人がドッキリに嵌められて呆然としたりあたふたしたりする哀れな様子をご覧になる時のSchadenfreudeのお味はいかがでしょうか。推しのお山の大将による公開自慰も相俟って大層美味しかろうと思います。その味を求めるのは止めとけ、とだけ書いておきます。


 

 破天荒と無礼は違います。常識に囚われる必要はありませんが良心を捨ててはいけません。


 「ファン」というのは「ファナティック(熱狂的な。fanatic)」の略だそうです。支持したり応援したりすること自体が悪いことではないですが、無礼な行いや迷惑な行いにまで熱狂してしまったら盲目的なカルト信者も同然でしょう。


 他人を面白可笑しく消費するようなコンテンツに乗らない方向に、動画文化も向かって行ってくれればと思います。なにせ多くの人にリーチできるツールではあるわけですから、件のようなものが作られ、持て囃されたりウケたりするというのは残念な現実であります。



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