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執筆者の写真Satoshi Enomoto

【分析メモ】シェーンベルクが行った十二音音列の恣意的な操作と、それによって生み出される擬似的な機能和声

更新日:8月27日


 10/19のリサイタルに向けて、シェーンベルクとその周辺の作品を主に練習していて、耳が馴染んできたからか、より色々な要素が聴こえるようになってきたので共有しておきたいと思います。



 シェーンベルクがおよそ10年に渡る長い沈黙を破り、十二音による作曲法を実践する形で書いた最初の作品群のうちのピアノ独奏作品である《5つのピアノ曲》Op.23と《ピアノのための組曲》Op.25について、完全に音列に従って規則的に作曲しているわけではないという事実は既に知られている通りです。音列から特定の音を使わなかったり、あるいは特定の音を足したり、さらには特定の音だけその順序を入れ替えたり…といった具合にです。


 それらの作品を練習していて、だんだんとその終止形が擬似的な機能和声のようなものとして感じられてくるようになりました。Op.23とOp.25からそれぞれの終曲を例示してみたいと思います。



 まずOp.23のワルツの方から。このワルツが書かれたのは実はOp.25のプレリュードならびにインテルメッツォよりも後であり、Op.25の作曲中に並行して書かれていたものです。しかしこちらのワルツは反行形や逆行形、移高形を用いず、あくまでも基礎音列とその恣意的な運用によって作曲されています。


 楽曲の冒頭から既に音列の欠けや順序の入れ替えが見られてはいたのですが、特に極めつけの運用は終結部でしょう。最後の小節では[7]を抜いた[1]~[8]を用い、[9]以降を省き、擬似的にD-durのような終止を形成しています。[5]のGisが混入しているものの、それ以外は Ⅴ9→Ⅰ というまさにドミナント→トニックという機能も備えているのがわかるでしょう。[7]のB音があると増三和音が聴こえてしまって終止感が薄まると考えたために、この音を抜くという判断に至ったと推察することも可能であると思います。


 

 続くOp.25のジーグの終結部においても、音列の順序の入れ替えが行われています。[5][6]と[7][8]が入れ替わっていることが確認できるでしょう。ちなみにこのOp.25は構成曲全ての音楽が同一の音列 E-F-G-Des-Ges-Es-As-D-H-C-A-B という音列から導出されています。


 そもそもこの音列自体に、調性を感じさせる要素が含まれていることを認めることができます。十二音を四音ずつの動機に区切ってみましょう。


 E-F-G-Des / Ges-Es-As-D / H-C-A-B


 H-C-A-B は既に知られている通り、"BACH" という名前の逆行形です。接近した二つの半音を含むため、この動機を使うだけでも音楽が半音階的な性格を得ることになります。


 残る二つのグループを擬似的に階名に当て填めてみましょう。


 E-F-G-Des : f-moll の si-la-ti-fa

 Ges-Es-As-D : es-moll の do-la-re-si


 …のような形になります。異なる均の四音の動機として捉えることができました。


 ところで、シェーンベルクがOp.25の終結部で入れ替えたのは Ges-Es とAs-D の組み合わせです。As-D → Ges-Es という進行は es-moll における re-si → do-la となり、Ⅴ7(根音省略)ないしⅦ → Ⅰ が聴こえることになります。


 またその手前にある E-F-G-Des のグループも、F音を根音に置くことによって f-moll における主音上のドミナントを作ることができます。この曲ではそれが [7] のAs音に繋がることによって解決を見るのでしょう。


 終止を二段構えで組み合わせて es-moll の主和音に終止し、その上空で BACH の名前がエコーする…と捉えると、シェーンベルクも非常に洒落た構成を行ったと思えてきます。


 

 両作品の擬似的なドミナント→トニックの終止感を個人的には非常に強く感じるようになりました。この力性がきちんと聴き手にも聴こえるように演奏していきたいと思う所存であります。

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